ギメ東洋美術館展(太田記念美術館)


 浮世絵で有名な太田記念美術館で、北斎の「龍虎図」が展示されている。「龍」と「虎」が対幅だということは、近年はじめてわかったらしい。それを記念しての展示だそうだ。作品は、北斎特有の、重力を強く感じさせるもので、充実していた。ただ、良くも悪くもこの人らしく、力業でものにしている感じも否めず、感心するに留まった。この「龍虎図」より、すばらしいと思ったのが、隣に掛けられていた「猿回しの図」である。あいにく、図版がないのでここには載せられないのだが、晩年の作で、猿をおんぶした旅芸人と子供の様子を、水墨画を思わせる筆致で描いた作品だ。


 融通無碍なんて言葉を使うことは、滅多にないけれど、この「猿回しの図」を評するにはこれが一番しっくりくる。北斎ほど、卓抜した構図感覚や技巧を持っていた日本人を私は知らないが、その有り余る才が、時に作品をぎらつかせることもあった。


 「猿回しの図」は、力みが全くなく、滔々と流れるような筆遣いで描く。垂れる衣服の皺、くるぶし、憎たらしい子供…線の強弱に、無限のニュアンスが迸っている。構図も、最小限ながら、緻密に考え抜かれている。旅芸人(猿回し)は、私たちに背を向けて立っている。手には、猿回しに使う3mはあろうかという木の棒が握られている。背中には、まるで泣き疲れた赤子の様な猿がおんぶされていて、とてもかわいい。芸人の表情も、忘れられない。満たされているような、くたびれたような、なんともいえない微妙な表情である。味わい深い!この背を向けた芸人と対照的なのが、ほくそ笑んでいる子供だ。芸人の向こう側から、こちらを向いて手を振っている。この子供の突き出し方がまた秀逸で、猿回しに使う棒とで、逆三角形を構成している。その中心にあるのが、芸人の草履を履いた足で、ここが絵をしっかりとつなぎ止める役割をしている。余分なものは何もないけれど、非常に見事な構図である。


 要するに、滾る様より、どこか力の抜けた、ひなびた味わいが魅力の絵だといえる。ただ、その線描の自在性、光をも感じさせる感性の鋭さは、画狂人を貫いた男の、底知れぬ凄みがあった。